自らの十字架を背負う道

世界では多くの人たちが、たくさんの悩みを抱え、迷い、苦しんでいます。
今、幸せを感じていても、それはどれだけ続くのかもわからないようなものです。
あるいは、実は自分自身が他の人たちの悩みの原因になっている可能性だってあります。

わたし達は地上に偶然生まれたのではなく、神様によって創造された、素晴らしく尊い存在だと聖書には書かれています。
ならば、世界はどうして、こんなに苦しみに満ちているのでしょうか?
それは、この世界に生きるわたし達の中に、罪があるからだと聖書は教えています。
誰もが持っている、わたし達を不幸にする罪。
それは、わたし達を創造した神様からはなれ、自分自身が神になろうとする事です。
神ではないわたし達が、神になってコントロールしようとしているので、色々な部分に歪みが生まれているのです。

苦しみの原因の多くは、私たち自身が問題です。
それなのに、それを環境や他の誰かのせいにしたり、時にはそれを神様のせいにしてしまうのがわたし達ではないでしょうか。

「医者を必要とするのは丈夫なものではなく、病人です。」(マタイ9:12)とイエス・キリストは言いました。
わたし達は、自分が病人であることを認めない限り、治療をしてもらおうとは思いません。
ここで言われている医者とはイエス・キリストの事であり、病人とはわたし達のことです。
つまりわたし達は、自分の中に罪がある事を認めて、イエス・キリストの元に行かなければ、根本的なもんだは解決できないと言っているのです。

十字架の道とは、自分が大きな十字架を背負っている事を認識する生き方です。
自分で償う事もできないほどに大きな罪を持っているという事を認め、神様に救いを求める生き方です。
わたし達の中にはプライドがあるので、それはとても難しいことかもしれません。
しかし、そこを通らなければわたし達が救いを受け取る事はできないのです。

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