126日目 エレミヤ書37~40章、詩篇81篇

image02

通読126日目。
エレミヤ書37~40章、詩篇81篇でした。

ゼデキヤは、宗教改革を起こしたけれど、エジプトのパロ・ネコと戦って敗れてしまった、ヨシヤ王の子供でした。
その前の王だったエホヤキンが、王になってすぐにバビロン帝国に連れて行かれてしまったので、ゼデキヤが代わりに王として任命されたのです。

昨日も書きましたが、ゼデキヤは自身は、エレミヤに対して好意的でした。
自分のもとに来させて、わざわざ預言の言葉も聞いたのです。

エレミヤがゼデキヤに伝えたのは、バビロン帝国に降伏すれば、生き残って幸せに暮らすことができるという事でした。
しかしゼデキヤは、降伏することによって同胞であるユダヤ人たちになぶり殺しにされることを恐れました。
エレミヤは、そんな事にはならないと保証しましたが、ゼデキヤは自分の中にある恐れに固執してしまったのです。
また、彼の中にあるプライドが、神様の御心に叶う道を選ぶことに邪魔をしたのかもしれません。

ゼデキヤの行動には、常に一貫性がありませんでした。
エレミヤにて期待する人たちが来れば、彼らに任せてエレミヤをリンチさせ、危うく泥の中で飢え死にしそうになりました。
かと思えば、エレミヤに好意的な人が来れば、エレミヤを救助させたのです。

そう考えると、ゼデキヤは王の器ではなく、いつも周りに流される人だったということなのかもしれません。

僕たちは、神様の前にどのような選択をするのかがいつでも問われています。
神様を選ぶのか、それ以外の道を選ぶのか?

滅びに至る道はいつでも広く、ほとんどの人たちはその道を進みます。
救いに至るもんは狭く、誰でも入ることができますが、みんなは選ぼうとしないのです。
あなたは、どちらの道を選びますか?

明日は、エレミヤ書41~44章と、詩篇82篇です。

今日も良い一日となりますように!

Share on LinkedIn
Pocket

2 comments

  • youko

     初めまして。youkoと申します。

    こちらの教会をあるクリスチャンの女性に紹介して頂きました。

    これから、ちょくちょくお邪魔したいと思います。

    どうぞ、宜しくお願い致します。

    • けんたろ

      youkoさま
      メッセージに気づかず、失礼いたしました。

      聖書を読み進め、理解する上で何かの参考になればと願っています。
      ぜひぜひ参考にしてみて下さい。(^-^)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です