209日目 ガラテヤ人への手紙1~6章

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通読209日目、ガラテヤ人への手紙1~5章でした。
でも、キリの良いところで、6章まで読みました。
便宜上、5章ずつで分けますけど、手紙書簡の間は手紙ごとに読んだ方がいいのかもしれません。

さて、パウロの手紙の中で、ガラテヤ人への手紙が一番最初に書かれた手紙とされています。
それにふさわしく、ガラテヤ書は恵みの信仰の基本が記されている、信仰入門に近いような内容になっています。

パウロがこの手紙を書くに至った動機は、パウロが福音を述べ伝えたガラテヤに現れた偽教師たちの存在です。
偽教師たちは、ほとんどが異邦人であるはずのガラテヤの人々に律法を守る事を説き、ユダヤ人にさせようとしました。
パウロは、それは福音ではない、福音の信仰に戻りなさいと手紙の中で薦めているのです。

ユダヤ人たちは、いつしか神様から与えられた律法を守る事を第一とするユダヤ教という宗教を形作りました。
でも、律法を完全に守る事ができる人は誰もおらず、守れないなら呪われていると律法には書かれているのです。(3:10)
つまり、全ての人は呪われた、滅ぼされるべき人たちであるという事です。
律法の役割は、僕たちに正しい行いをさせる事にあるのではなく、正し行いができない事を教えるためのものだったのだと、パウロは言っています。(3:22など)

しかし、イエス様が僕たちの代わりに十字架にかかり、呪われた者となる事によって、僕たちは罪の呪いから解放されたのです。

でもそれは、罪人のままで生きればいいという事ではありません。
救いは神様からの一方的な恵みによるものですが、神様は僕たちが罪から離れるようにと望んでもいるからです。

大切なのは、僕たちが自分の力で律法を守り、正しい行いをする事ではありません。
僕たちが神様を見上げ、自分の力ではなく聖霊の力によって歩む時、僕たちは創られたままの自分へと近づいていく事ができるのです。

パウロは、僕たちが御霊によって生きる時にどんなものが芽生えてくるかについて記しています。
そこには、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制が芽生えるのです。

僕たちは、御霊を受けたなら、御霊を受けたにふさわしい生き方をするべきです。
その生き方をする力を与えてくれるのもまた、神様の恵みによるのだというのが、ガラテヤ書のテーマなのです。

ガラテヤ人への手紙を今日6章まで読んでしまったので、明日はテサロニケ人の手紙第一1~5章です。

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