212日目 コリント人への手紙第一1~5章

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通読212日目、コリント人への手紙第一1~5章でした。

僕が大好きなコリント人への手紙です。
コリントの教会ではたくさんの問題が起こっていて、その具体的な問題に対してどうするべきかという事を、パウロは語っています。

第一の問題は、教会の派閥による分裂問題でした。
パウロ、アポロ、ペテロといろんな指導者が通ったコリントだからこそ、そこにはそれぞれの指導者につく派閥ができ、互いに仲間割れが起こるような状況が起こっていたのです。
しかし、みんなイエス様のからだとして、一致をしていく必要がある事をパウロは話しているのです。

分裂の問題が生んでいたもう一つの原因は、この世の知恵でした。
人々が、神様ではなく、人間の知恵や知識により頼んだ時、そこには分裂が起こり始めたのです。
パウロは、人間が生み出す権威や知恵は結局は虚しいもので、神様により頼む必要がある事を話しています。

この辺りの問題は、現代の教会にも全く同じ事が起こっていますね。
僕たちはどの神学が正しいとか、どの牧師の言葉が間違っているという事ではなく、聖霊が与える知恵によって神様の心を知り、理解していく必要があるのです。

パウロはクリスチャンの中にも、御霊に属するクリスチャンと、肉に属するクリスチャンとがいる事を指摘しています。
どちらもイエス様を救い主として信じるクリスチャンですが、その生き方や考え方が全然違うのです。

御霊に属するクリスチャンは、聖霊が自分の行動原理の主体になっていて、価値観も行動も新しく変えられていく人たちです。
一方で、肉に属するクリスチャンは、信仰を持ってはいても、頭だけで福音を理解していて、昔の価値観を引きずっているクリスチャンという事ができるでしょう。

僕たちが霊的に成長していくためには、肉ではなく御霊に属していく必要があります。
神様は霊に属している方だからです。

さて、コリントの教会が抱えていた第2の問題は、不品行の問題でした。
不品行というのは、性的に不道徳な状態にあったという事ですね。

コリントがあったギリシヤは、文化的にも不道徳な事がたくさん起こっていたところでしたから、この地域の教会が不品行の問題を抱える事は当然と言えば当然だったかもしれません。
でもそれは、だから仕方がないという事ではなく、なおさらしっかりと取り組んでいく必要がある問題でした。

彼らはこのような状況にあるのに、自分たちは霊的に優れていると勘違いして高ぶっていたわけです。

パウロは、必要であればそのようなクリスチャンを切り離す必要があると話しています。
ここでパウロはしっかりと確認していますが、それは罪深い行いをする人たちを切り離しなさいと言う事ではありません。
そうしたら、世界の全てに背を向ける事になってしまうでしょう。

しかし、クリスチャンとしての道を歩むことを決めながら、罪に留まり、自分の罪を悔い改めようとしないならば、それは教会の中に悪影響を与える事になります。
イエス様も、罪の中にある人たちを正しく戒める事を教えていましたが、僕たちは時として、そのような決断をしなければならない事もあるのです。
大きな痛みが伴う決断ではありますけど・・・。

明日はコリント人への手紙第一6~10章です。

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