231日目 ペテロの手紙第一1~5章

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通読231日目、ペテロの手紙第一1~5章でした。

言わずと知れた、イエス様の一番弟子を自任するペテロによる手紙です。

この手紙が書かれたのは、すでに皇帝ネロによるクリスチャン迫害が始まって、多くの人たちが苦しんでいた時代でした。

ペテロは、そうやって苦しんでいた人々を励まし、希望を失わないために、この手紙を書いたのです。

イエス・キリストは、僕たちの希望です。

それは、イエス様によって僕たちは新しい命を与えられているからです。

今のこの時は、苦しまなければならない時もあります。

それは、神様から離れて悪魔の支配がある世界に、僕たちが生きているからです。

でもその試練にを通して、信仰は更に練られ、鍛えられて、より純粋なものへと変えられていきます。

だから僕たちは、信じる心を失うことなく、互いに愛を持って、真実でありなさいとペテロは命じています。

例えこの世界が悪に染まっていて、僕たちに害をなすだけだったとしても、いやだからこそ、僕たちは世の人々を愛し、しかし世に染まることなく、立派にふるまうのです。

僕たちはもう、自由にされているのだから、その自由を悪い事のために行使するのではなく、むしろ神の奴隷として生きるために使いなさいと言われています。

悪によって悪に報いるのではなく、良い事をもって人々に仕える事。

善をなす事に熱心である事。

熱心に愛し合う事。

つぶやかないで、互いに親切にもてなしあう事。

賜物を用いて、神様に、そして互いに仕え合う事。

ペテロの手紙に記されている言葉は、僕たちには行い主義にさえ感じるほど、厳し過ぎる言葉のように思うかもしれません。

それはたぶん、僕たち日本での生活が生ぬるいからなのでしょう。

でも、意味もなく迫害され、クリスチャンだという理由だけで命を奪われるような世界で生きる人々には、必要な心構えでした。

毎日覚悟をもって生きる事は、現代の日本に生きる僕たちには、暑苦し過ぎるかもしれません。

でも、日本もいつ、このような迫害が起こるとも知れません。

つい150年前までは、世界最大のクリスチャン迫害があった国なのですから。

僕たちは、ペテロがこの手紙の中で書いているままに生きると返って浮いてしまうだけかもしれませんが、こういう心構えは決して忘れる事無く、一日一日を生きていきたいものです。

明日は、ペテロの手紙第ニ1~3章です。

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