中間時代③~アンティオコス4世=エピファネス

image02

中間時代③~アンティオコス4世=エピファネス

アレクサンドロス大王の後継者(ディアドコイ)の間で起こった戦争の中で、ユダは翻弄されました。
最初の支配者となったのは、プトレマイオス朝エジプト。
プトレマイオス朝は安息日にユダに攻め込み、ユダはなす術もなくエジプトの支配下となってしまいます。

せっかくバビロン帝国(新バビロニア)から帰還したのに、今度はエジプトの首都アレクサンドリアに10万人の人々が捕虜として移住させられることになります。
昨日書いた七十人訳の聖書が作られたのは、この頃ですね。

しかしBC198年、セレウコス朝シリアがユダを占領し支配下に治めると、情勢はさらに厳しくなります。
プトレマイオス朝の支配下では、重税と労働には苦しめられたものの、信仰の自由は与えられていました。
しかし、セレウコス朝はヘレニズム文化を強く広めようとする国で、ギリシヤの神を崇めるように強要したのです。

BC175年にアンティオコス4世=エピファネス(エピファネスは“神の顕現”の意味)による支配が始まると、彼はユダの神殿でゼウスを祭らせ、ユダヤ人たちが汚れたものとする豚肉を捧げさせたと言われています。

終末の預言の中で「荒らす忌むべきものが神殿に立ったら気を付けなさい。」という言葉がありますが、これはこの事を表しています。
終末にも、この時と同じような状況が起こるという事ですね。
このアンティオコス4世・エピファネスは、終末に現れる反キリストの型でもあります。

この事は、ユダヤ人たちの心に大きな傷を残しました。
そして、セレウコス朝に対する反抗心も大きく育てる事になったのです。

Share on LinkedIn
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です