238日目 ヨハネの黙示録16~19章

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通読238日目、ヨハネの黙示録16~19章でした。

20章まで読む予定だったけど、この辺りで一度切るのが繋がりとしてはよさそうです。

7つの鉢の裁きからですね。

昨日も少し書きましたが、この7つの鉢の裁きは、7つのラッパの裁きと同じものを表しているという解釈もあるようです。

確かに、似ているところもありますし、キーとなる言葉が同じだったりします。

でも、やっぱり内容が違うので、僕は違う裁きを表しているだろうと思っています。

これまでの裁きは、最初に7つの巻物の封印が解かれて裁きが起こり、次に7つのラッパとともに裁きが起こりました。最後はついに7つの鉢の裁きとなるわけですが、神様はどうしてこんなに何回にもわたって、裁きを与える必要があったのでしょうか?

一回で滅ぼしてしまった方が楽じゃないですか?

実際、これによって神様が人間をいたぶって殺しているように感じてしまった人もいないわけではありません。

でも、それはそういう意味の出来事ではないのです。

神様は、それほど小出しに裁きを下していく事を通して、ひとりでも多くの人たちが悔い改めるのを願っていたのです。

その裁きを逃れたいと思う人たちが、裁きが起こる目前に救い主を受け入れていたとしても、彼らは救われるのです。

そして、神様がこんなにも小出しに裁きを下したのは、人々が悔い改めるの機会をそれほど多く与えていたという事です。

恐ろしい出来事が次々に起こるのを目の当たりにして、多くの人たちが神様の救いを受け入れ、信じていきます。

それでも、実に多くの人たちが滅びの道を進み続けるのですから本当に悲しい話です。

17章には、大淫婦バビロンの裁きについてです。

バビロンというと、バビロン捕囚を思い出しますが、実はそれよりずっと前から存在していました。

聖書の中では、バベルの塔が出てきた辺りがバビロンですね。

淫婦バビロンは、国々や民族を表す大水の上に坐し、人々を偶像崇拝に誘う存在です。

具体的にどういうものを表すのかという事は捕えにくいですが、宗教だとい人もいますね。

個人的には、ある種の思想や価値観のようなものにも感じます。

もしかしたら、一つの名前で表されるようなものではなく、大淫婦バビロンという霊的存在が、人々を神様から引き離すいろんなものを裏で操っているのかもしれません。

大淫婦バビロンが、実際にどのようなものかというヒントも17章には出てきますね。

細かい解説はしませんが、つまりこれまで預言に登場し、イスラエルを支配して悩ませてきたエジプト、アッシリア、バビロン、ペルシア、ギリシャ、ローマ、終末の帝国などがひとつとなったような物であり、アンティオコス・エピファネスが反キリストとして再来して、世界帝国を興すという話になってきます。

↓ダニエル書、中間時代➂を参照

145日目 ダニエル書9~12章、詩篇99篇

中間時代③~アンティオコス4世=エピファネス

しかしその大バビロンも、やがて倒れるのです。

それが18章。

悪の権化とも言える大バビロンが倒れる事は嬉しい事であるはずですが、多くの人々がそれに囚われているため、彼らは嘆き悲しみ、バビロンとともに滅びへと進んでしまいます。

19章、ヨハネは天に大群衆の大きい声を聞きます。

「ハレルヤ! 救い栄光、力は、われらの神のもの・・・。」

ヘンデルの「メサイヤ」に登場するハレルヤコーラスですね。

黙示録のクライマックスです。

その時、これまで苦しみ、虐げられ、殺されてきたクリスチャンたちは、キリストの花嫁として登場します。

ここに出てくる花婿イエス様は、白い馬に乗り、王子様のようです。

しかしそこには、悲しい現実も・・・。

多くの人々が、神様ではなく、サタンを選び神様への反逆をしてしまうために、裁きへと下る事になるのです。

だから、ひとりでも多くの人たちを救いたい。

それは、僕たちの願いであるだけでなく、何よりも神様の一番の願いなのです。

だから神様は、何度も僕たちに警告し、僕たちにいつでも働きかけています。

僕たちはそれに応え、また他の人たちが応答できるように、彼らの心を耕し、種をまき続けていきたいものです。

これは今だからできる事であり、今しかできないない事なのですから・・・。

明日はとうとう通読最終日!!!

ヨハネの黙示録20~22章です。

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